詩作の中からタンゴの名曲グリセルが生まれる。
1935年から1940年に頭角を現し始め、その後数十年に及び活躍する、異なる視点を持った芸術家の一人。
ラジオ・ステントルの司会者や、農務省の気象課の役人としても働いていた。
それからしばらくしてさらに、SADAIC(アルゼンチン音楽著作権協会)の役員になる。
Mariano Mores/マリアーノ・モーレス